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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(オ)615号 判決

上告人

沢田兵二

右訴訟代理人

金野繁

被上告人

秋田県

右代表者知事

佐々木喜久治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人金野繁の上告理由について

本件に適用された土地収用法旧七一条及び七四条(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの)のもとにおいて、残地補償の額は、収用裁決の時における当該残地の価格によつて算定すべきものであるところ、当該事業の施行が残地の価格に及ぼす影響のうち利益と損失とを明確に区別することができない場合に、それらを総合的に勘案することは、同法九〇条の相殺禁止規定に抵触するものではないと解するのを相当とする。右と同旨の原審の判断は、その適法に確定した事実関係のもとにおいて、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、前提を欠く。論旨は、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(木下忠良 栗本一夫 塚本重頼 鹽野宜慶)

上告代理人金野繁の上告理由

第一点 原判決は土地収用法第九〇条の解釈適用を誤り、その結果憲法第二九条三項に違反する。

土地収用法第九〇条は、「同一の土地所有者に属する一団の土地の一部を収用し、又は使用する場合において、当該土地を収用し、又は使用する事業の施行に因つて残地の価格が増加し、又残地に利益が生ずることがあつても、その利益を収用又は使用によつて生ずる損失と相殺してはならない」と規定する。

原判決は、乙第一号証及び第一審における鑑定人小林秀夫の鑑定において「残地価格の低下の有無につき残地の受ける利益を考慮しているが、この点は土地収用法第九〇条の起業利益との相殺の禁止の規定に抵触するものではないと解すべきである。けだし、一般に事業の施行により残地について利益と損失が同時に発生する場合において、残地価格の減価分を、利益を度外視して損失分のみを計算することによつて算定することは事実上不可能といわざるを得ない。したがつて、残地の価格が減じたか否かは実際問題として利益とを総合して判断する以外に方法はなく、その結果利益と損失とは相殺されざるを得ないことになるが、土地収用法第九〇条の規定がこのようないわば観念上の相殺まで禁止し、右の不可能な損失の算定を強いる趣旨とは解されないのである」と断定し(原判決一七枚裏四行目から)、明白に土地収用法第九〇条に違反した。

すなわち、原判決は、残地価格の減価分を利益を度外視して損失分のみを算定することは事実上不可能であると称するが、全くの誤りで、原判決が採用した小林秀夫鑑定でさえ二パーセントの減価を認め、五パーセントの宅地利用効率の上昇と相殺している(同鑑定書三五頁、三六頁)のであるから事実上算定不能どころか、計算が容易である。

およそ、土地収用法第九〇条は起業利益と起業損失の概念を認め、それが計算が可能であることを前提に相殺を禁じているものである。起業利益は公共事業として一人被収用者のみならず、一般の国民が等しく利益を受ける筈のものであり、本件の如く若し起業利益と損失を相殺するならば、残地補償を要する土地収用は殆んど皆無となり、憲法第二九条第三項が空文化するであろう。

要するに原判決は、土地収用法第九〇条の解釈適用を誤り、正当な補償なしで土地収用の道を開いたものであるから、憲法第二九条第三項に違反する。

第二点 原判決には理由齟齬の違法がある。

原判決は、前記の如く土地収用法第九〇条の解釈適用を誤つた結果、理由に喰い違いを生じた。すなわち、原判決は「本件土地がもと本件国道に接面していたのに対し、右工事の結果、本件国道が高架道となり、本件残地に右国道とは約六メートルの高低差を生じ、本件残地は右高架道下に設けられた測道のみと接することとなり、本件残地から右国道に至るには歩道階段か、幅員約3.6メートル、全長約二七〇メートルの取付道路によらざるを得なくなるなど、本件踏切改良工事によつて本件残地の価格の低下をもたらすべき要素が発生しているものと認められる」(原判決一五枚目裏五行目から)と認定しながら、他方で「以下要するに、本件残地の価格が低下したとする被控訴人の主張はこれを認めるに足りる証拠がないことに帰する。」(原判決一八枚目表四行目から)と結論づけている。

又、一方で原判決は「原審における鑑定人小林秀夫は……本件工事により五パーセントの増加があり、間口の約三〇パーセントが街路に開口しないことによる画地利用における減価要因を考慮しても約三パーセントの宅地利用効率の上昇があるとし……」と認定している。(原判決一六枚目表一〇行目から)

すなわち、原判決は残地の減価要素を認め、それが二パーセント(五パーセントの上昇と減価要因二パーセントを引いて三パーセントの宅地利用効率の上昇を認めているから)で計算が可能であることを認定しながら、「本件残地の価格が低下したと主張する被控訴人の主張を認めるに足りる証拠がない」と矛盾した認定をなし、又、数字を挙げて計算した後に「残地価格を減価分を利益を度外視して損失のみを計算することによつて算定することは、事実上不可能といわざるを得ない」と称してこれ又矛盾撞着に落ち入つている。

以上、要するに原判決は、多くを論ずるまでもなく、理由に著しい明白な齟齬がある。

〈参考・第一審判決理由・抄〉

(秋田地裁昭四一(ワ)第五四号損失補償請求事件、昭49.4.15民事第一部判決)

2 残地の損失について

(一) 前認定のとおり本件土地は本件国道に沿接した間口約四八メートル、奥行約四六メートルのほぼ正方形に近い画地であつたが、本件踏切改良工事のためこのうち右国道に接面する間口約四八メートル、奥行約5.5メートルの部分が収用の対象となつたものである。

そして、右踏切改良工事後の本件残地およびその周辺の状況は、つぎに認定するとおりである。

〈証拠〉を総合すると、本件踏切改良工事は、本件国道を高架にして鉄道線路と立体交差させ、もつて北家後踏切を解消させることを主眼とするものであり、市街大町通りと松葉町通りとが交差する十字路北側を起点とし、綴子川右岸の鷹巣町綴子字田中下地内の成田製材前を終点とする全長約三二〇メートルについてなされ、このうち両端の平坦部分を除く約二九五メートルが高架道となり、この区間の路面の高さはそのほぼ中間の踏切橋部分で最高値の約6.3メートルを示し、これから南方は約6.2パーセント、北方は約5.5パーセントの下り勾配となつていること、この高架道に沿接する土地は大別すると踏切橋以南の市街部分踏切橋と柳中橋との間の市街近接部分および柳中橋以北の郊外部分とに三分され、それぞれ環境を異にすること、まず踏切橋以南はその南方で大町通り商店街に接続するが、沿接の土地は前記二1(一)で認定のごとく雑貨等の小売商・かじ屋・装蹄業・板金加工業・木工業等の店舗あるいは作業場、医院、一般住宅等が混在していること、つぎに本件残地の存する踏切橋と柳中橋との間はもともと鉄道線路によつて市街地との連続を断たれ、たま、旧町村界の綴子川によつて北方への発展も阻害されていたものであるが、沿接街路が高架となつたため後記一号取付道路によつてのみ本件国道に通ずる袋地状の土地となり、廃品回収業者(原告)および土建業者の事務所・倉庫等の建物敷地あるいは商品・資材等の置場敷として利用されていること、柳中橋以北はもともとが水田地帯であつたが、本件踏切改良工事の施行に伴う国道の整備によつて市街地との連続性が増大し今後郊外地として主として住宅地への開発が見込まれること、右工事の結果本件残地と右高架道との間には約六メートルの高低差を生じ、右残地は右高架道下に設けられた幅員約一七メートルの側道とのみ沿接し、右高架道とは直接には接面しなくなつたこと、右側道は南方は鉄道線路によつて、北方は綴子川堤防によつて行止りとなつた閉鎖道路であること、したがつて、自動車によつて本件残地から前記高架道に出るには、右側道の中央付近からこれとほぼ直角に東方に分岐し、鷹巣土建の敷地と中川多吉宅の敷地との間をそのまま東方へ約一〇〇メートル延び、そこから鷹巣土建の敷地東端を左方へ、すなわち、南方から北方の方向へ半径約一五メートルの半円を描いて反転し、今度は綴子川左岸堤防上を西方へ約一〇〇メートル進み、そして、本件残地より約4.5メートル高い前記高架道の柳中橋南端部に出る全長約二七〇メートル、幅員約3.6メートルの全面舗装の一号取付道路(以下「取付道路」という。)によらざるをえないこと、右取付道路の前半約一〇〇メートルは高架下のほぼ平坦な道路であるが、反転後の約一〇〇メートルは平均約五度の上り勾配となつていること、右取付道路の幅員は右のとおりほぼ3.6メートルにすぎず、自動車の交差が困難なうえ、右取付道路が高架下の側道と交わる箇所には右側道から高架上の本件国道に通ずる歩道階段の上り口があり、これが右取付道路のほぼ半分をふさぎ、そのため同所における右道路の有効幅員は約2.8メートルにすぎず、大型貨物自動車の本件残地への出入りを困難にしていること、また、徒歩によつて右残地から高架道に出るには右取付道路によるか、または、右高架道の両脇に設けられた前記側道に下る歩道階段によらねばならないこと、本件土地においては大正九年ころから原告先代が、そして、その後原告がこれを引き継いで廃品回収業を営んできたこと、原告の営業形態としては従来小口の現金取引が比較的多く、主としてリヤカーで商品を搬入搬出していたが、本件国道が高架となつたため鷹巣市街から商品を積んで本件残地に至るには右高架道や前記取付道路を上り下りしなければならなくなり、商品の搬入搬出は大いに不便になり、ことに冬期には路面の凍結により坂道の上り下りは一層困難をきたし、また、右取付道路の除雪をしなければならないなどその不便はひときわ大きいこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(二) 右認定のような状況下にある本件残地につき、本件裁決は収用による価格の低下はないと認定したのに対し、原告は五、八一九、〇〇〇円の価格の低下を生じた旨主張する。

しかしながら、前記認定の本件踏切改良工事前の本件残地を含む本件土地の状況と右工事後の本件残地の状況を比較検討すれば、右工事によつて北家後踏切が解消され本件国道の交通の円滑が促進されたとはいえ、本件土地がもと右国道に接面していたのに対し、本件残地は高架上の本件国道と直接接面しないこととなり、右高架下に取り残され、右国道から本件残地に至るには歩道階段か幅員約3.6メートル、全長約二七〇メートルの前記取付道路によらざるをえなくなるなど本件改良工事によつて受ける利益よりマイナス面のほうが大きいものというべく、前記認定の諸事情を総合勘案すれば、これによる本件残地の価格の低下は本件裁決が示した裁決時の本件土地の価格坪当り二四、〇〇〇円の二割に相当する坪当り四、八〇〇円とみるのが相当であるから、本件残地全体として総額二、九〇九、一三六円の損失が生じたものというべきである。

〈証拠〉中には、本件残地に収用による価格の低下はない旨の記載ないし供述部分があるが、前記認定事実に照らし到底措信しえない。

また、〈証拠〉には本件残地の昭和四〇年七月一日現在の収用による損失総額は五、八一九、〇〇〇円である旨の記載があり、証人泉進もこれに符合する証言をし、〈証拠〉には右残地の同年一二月二五日現在における損失総額は五、八一八、三〇〇円(坪当り九、六〇〇円)であり、昭和四一年二月二四日現在のそれは五、八七八、九〇〇円(坪当り九、七〇〇円)である旨の記載があるが、右はいずれも復成式評価法により算定したものであり、本件残地につき右評価法を適用することは同評価法が本来主として償却資産などの価格評価のために有効な評価方法であることに鑑み妥当とは思われないから、右各記載および証言はいずれも採用することはできない。

そして、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

(三) よつて、原告の収用によつて本件残地は損失をこうむつた旨の主張は、その損失額を二、九〇九、一三六円とする限度で理由があり、その余は理由がないことになる。

〈参考・第二審判決理由・抄〉

(仙台高裁秋田支部昭四九(ネ)第三七号、昭五一(ネ)第七六号損失補償請求控訴、同附帯控訴事件、昭53.2.27判決)

2 残地の損失について

本件土地が国道に沿接した間口約四八メートル、奥行約四六メートルのほぼ正方形に近い画地であつたこと、本件踏切改良工事のためこのうち右国道に接面する間口約四八メートル、奥行約5.5メートルの部分が収用され、本件残地は間口約四八メートル、奥行約40.5メートルの土地となつたことは、前認定のとおりであり、右踏切改良工事後の本件残地及びその周辺の状況は、次に訂正、付加するほか、原判決二八頁四行目から同三三頁六行目までに認定するとおりであるから、これを引用する。〈中略〉

右認定事実に基づき本件収用により本件残地の価格が減じ、その他本件残地に関して損失が生じたか否かについて考えるに、本件残地は、もと間口約四八メートル、奥行約四六メートルのほぼ正方形に近い画地が本件収用により奥行において約5.5メートル減じただけの土地で、依然としてほぼ正方形に近い形状を保ち、相当の広さを有する一団の土地であるから、本件収用自体に起因して本件残地の利用価値の減少等の損失が生じていないことは明らかである。そこで、本件収用の目的であつた本件踏切改良工事の完成によつて本件残地の価格の低下を生じたか否かを検討するに、前認定事実によれば、本件土地がもと本件国道に接面していたのに対し、右工事の結果本件国道が高架道となり、本件残地と右国道とは約六メートルの高低差を生じ、本件残地は、右高架道下に設けられた側道とのみ接することとなり、本件残地から右国道に至るには歩道階段か幅員約3.6メートル、全長約二七〇メートルの取付道路によらざるを得なくなるなど、本件踏切改良工事によつて本件残地の価格の低下をもたらすべき要素が発生しているものと認められる。しかしながら、他方、本件国道の道路条件が著しく改善され、交通が極めて円滑になるなど、本件残地の価格を高騰させるべき要因も同時に生じていることが認められる。そして、〈証拠〉によると、本件裁決に当たつて鑑定を行つた小林巳治は、本件踏切改良工事の本件残地の価値に与える影響につき、マイナス要因よりプラス要因の方が大きいとして価格の低下がないものと鑑定していることが認められ、さらに、原審における鑑定人小林秀夫は、最有効使用が家内工業地とみられる本件残地については、本件国道が高架道になつたことの影響は生産に伴う費用性や画地利用の面にはあまり強くあらわれないとし、他方、本件工事の前後における交通上の利用価値を宅地路線価設定における街路係数を求める要領によつて検討すると、本件工事により五パーセントの増加があり、間口の約三〇パーセントが街路に開口しないことによる画地利用における減価要因を考慮しても約三パーセントの宅地利用効率の上昇があるとし、結局利用効率の増加の修正と取付道路迂回による生産費用の増加に伴う減価の修正とがほぼ等しく、本件残地の価格の低下はないものと鑑定している。そうすると、前記のような本件残地価格の減価要因が発生したからといつて、そのことから直ちに本件残地価格が低下したものとは認め難く、かえつて〈証拠〉及び原審における鑑定人小林秀夫の鑑定の結果を総合すると価格の低下はないことを窺うことができる。この点につき〈証拠〉には、本件残地につき本件収用により金五八一万九、〇〇〇円の損失が生じた旨の記載が、〈証拠〉には、本件残地につき昭和四〇年一二月二五日現在で金五八一万八三、〇〇円の昭和四一年二月二四日現在で金五八七万八、九〇〇円の損失が発生した旨の記載がそれぞれなされており、原審証人泉進もこれに符合する証言をしている。しかし、〈証拠〉においては、本件土地はもと商業地であつたが、それが本件踏切改良工事により倉庫用地等としてしか利用できなくなつたとして、価値の減少があつたとしているが、前認定のように本件土地はもともと商業地ではなかつたのであるから、この点においてまず採用しかねるところがある。さらに、損失額の算定について、本件踏切改良工事により本件残地の受ける利益を度外視し、本件残地を高架道と同じ高さまで造成する場合に必要な費用を損失とみる復成式評価法を採用しているが、本件残地の受ける利益も残地の価格が減じたか否かの判断において考慮すべきことは後述するとおりであり、また、復成式評価法は本来主として償却資産などの価格評価のために有効な評価方法であり、本件のような場合には妥当な評価法ではないというべきである。そして、〈証拠〉及び原審証人泉進の証言部分についても、同様の疑問点ないし問題点を指摘することができる。このようにみてくると、本件残地の価格が低下したとする右各証拠は、にわかに採用することができないといわざるを得ない。

「なお、〈証拠〉及び原審における鑑定人小林秀夫の鑑定において、残地価格の低下の有無につき残地の受ける利益を考慮しているが、この点は、土地収用法第九〇条の起業利益との相殺の禁止の規定に牴触するものではないと解すべきである。けだし、一般に事業の施行により残地について利益と損失とが同時に発生する場合において、残地価格の減価分を利益を度外視して損失分のみを計算することによつて算定することは、事実上不可能といわざるを得ない。したがつて、残地の価格が減じたか否かは、実際問題として利益と損失とを総合して判断する以外に方法はなく、その結果利益と損失とは相殺されざるを得ないことになるが、土地収用法第九〇条の規定が、このようにいわば観念上の相殺まで禁止し、右の不可能な損失の算定を強いる趣旨とは解されないのである。」

以上要するに、本件残地の価格が低下したとする被控訴人の主張は、これを認めるに足りる証拠がないことに帰する。したがつて、残地の損失についての請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

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